【DATA】
[広さ] ★★
小さい。歩きでもまわれる。
[物価]
20%東京
[人の
よさ]
★★★★
[治安] ★★★★
犬と牛とクルマに注意!
深刻な大気汚染で排気ガスくさいときがある。
[移動容易度] ★★★
[総合おもしろさ@せつ]
★★★
[総合おもしろさ@さな]
★★
2002 July 03-08 13-15
9days

■ アジアの果て?まん中? カトマンズ
空にあるようなま都市カトマンズ。標高は1000Mをこえる。昔から物価が安くて、のんびりしているので、バックパッカーやヒッピーが集まるまちです。ここ数年で他国の観光地と同様、急速に開発が進んだそうです。とはいえまだまだ牧歌的な雰囲気は残しています。
ぼくら実はついて2日はねていた。海抜0Mから1300Mだもんな。 思わず高山病かとおもった。げりがすごかった。最初はカレー、そのあとココア、最後は麦茶になってついにはおしりの穴からおしっこが出たかと思った! そんなきたないことはおいといて、観光にもいきました。
まずボダナート。ストゥーパと呼ばれる目のある仏塔の特大版で有名。(上写真)チベット仏教の寺です。お椀をひっくり返したような白い「特大鏡もち」の周りを回るのです。ぐるぐる回ってみた。単純にすごいなあとおもいました。
それとモンキーテンプル。小高い丘の上にあるそのお寺は、猿がいるのでこうよばれています。もちろんストゥーパもあります。猿がひょいひょいのぼるその横を、のろのろのぼること10分。大変でしたがここからの眺めは最高。カトマンズの市内が一望できます。
あとは市内の広場ですね。歴史的建造物が密集しています。うしもいます。のらうし。

>>カトマンズへのみちのり
バンコクからビーマンバングラディシュ航空なる一番安かったエアチケットををかった。バングラディシュのダッカでトランジットで一泊するんだけど、これがいいかげん。ビザなし入国、パスポ−トを空港に預け、入国の荷物のセキュリティチェック無し。だいじょうぶか?とおもいながらボローい一流ホテルで一泊。次の日飛行場へ。
ガイドブックももってなくてどんな国か場所もなにも全く知らなかった。。場所はインドの横で、国旗は緑地に日の丸。日本の旗ににてる。通貨ももってない、鞄は空港にあずけぱなし。何も持ってないで滞在。不思議な体験でした。


空からみたカトマンズ。右はホテルの窓からの景色。雲が近い!

でかいストゥーパのボダナート。

これを三回まわすとごりやくがある。でかくて鐘かと思った。立派な仏像。

広場。装飾や細工がすごく細かい。

旧王宮。右は生き神様クマリがいる建物。クマリは生きてる人間の女の子。神様の遣い。詳しくは調べて!

まどからのぞく像。そのまえで遊ぶ子供。

のらうし。いっぱいいる。大分減ったそうですが。。。

タクシー。タイのトゥクトゥクみたい。三輪。市内の看板はほとんど手描き。

■カトマンズまで来てウォークマンを聞くこと
ヒマラヤがある。お寺もある。おもしろそうなお店がたくさんある。
昔むかし、70年代のカローラがタクシーになって走る。「マニアにはたまらないだろうな」とか思いながら、ぼくらは飽きていた。
旅行に来て三ヶ月、アジアを駆け足で巡ってみた。 アジアで売られるお土産品の類いの生産地は実は中国、ベトナム、ネパールということに気付く。で、それらが各地の「らしさ」をくっつけてタイでも香港でもどこでも同じように売っている。これはけっこうおもしろい。
みんなタイのお土産だと思って買っている像柄の布はじつはネパール製。香港で買う水牛の印鑑は中国で半分以下の値段でかえる。まあそんなもんか。平たく言えば日本の「大中」で売ってる物は、ほとんどどこでも同じようにかえるぞ。「アジア雰囲気」でひと括りにされたそれら主体性のないお土産を見るたびに、「どこでもいっしょじゃん。」と。
その国らしさはあるのか。あります。もちろん。寺も人も空も食い物も通貨もちがう。歴然と違う物もあります。反面どこでも違わないのが、ほかにもあります。
お土産、インターネットカフェ、割高なアメリカンレストラン。
けれどもそんな画一的なものに飽きながら、知らないうちに実は求めるようになっている自分にも気付く。
「中国まで来て、なんでフライドポテトとハンバーガーなんだよ?」 ケチャップを頼む白人をみてそんなふうに思ってた。 ベトナムで露天のカフェダーを飲む僕らに驚きながら過ぎ去る日本人ツアー観光客をぼくらはバカにしていた。
「その国のらしさを体験するのが旅行の醍醐味じゃねえか!?」
 でも、そんなことばかりでもねえな。実は。
カトマンズのカフェで、女性はウォークマンを聞いていた。
「カトマンズまで来てなんでCD聞くわけ? 家にかえってもできるじゃん。」
 でもこれでいいのだ
観光にも名所にも名物にも興味がなくても旅行なんです。
だいたい寺ばっかり見て、仏教にそんな興味があるのか俺は?
ふだんの休みのように、贅沢も貧乏もせず、日本にいる時と同じような生活をしてみる。一日中寝るとか、ホテルでDVDみるとか。暮らすように。夏休み毎日観光に出かけるやつがいないのと一緒。
よし。 そうおもって明日はカトマンズ最後ですが、昼まで寝ていよう。
そしてトーストとコーヒーを飲んでインターネットしよう。
カトマンズ、ごめん!

■アジアの最後に乞食に思うこと
ボダナートにいるたくさんの汚い乞食の子供と、きれいな服で写真をとってもらうお金持ちインド人の子供とのギャップに如何ともしがたい感情になる。
同じような年だろうなあ。
ぼくらはすでにアジア何カ国目? なのにいまだに慣れないこの風景。貧富の差。
いつもだ。乞食や物乞い、物売りの存在が非常に腹立たしい。いつも腹立たしいだけだ。そしてそのあとしばらく不愉快な気分になる。全く持って非常に不愉快な気分になる。すごくがっかりする。
ぼくはまだ一度もお金をあげたことがない。 なんでだろう?
そういえば今まで、お金をあげること、あげないことに関してしっかり考えたことがない。 僕らは気楽なツーリスト。彼等にくらべれば100万倍金持ちでしょう。でもどうしても物乞いにお金を恵む気持ちになれない。なぜだ? 20円や30円、僕の人生になんの影響もない。くれてやっても良いんだろうけど。彼等にとってのその金額は、その日生きるための糧だ。食。
一度やるとみんなにやらなくちゃいけないからあげない? いや、そんなこと考えないで気紛れにあげれば良いのかな。それともパラパラ配るより然るべき団体に寄付でもすれば良いのか?どこに? プライドなく恵んでくれとねだる姿勢が嫌いだからか? 「働けよ!」でも働く場所がない。
今日はおじいちゃんの物乞いにあった。僕らの何倍生きてるんだろうこの人は? その老人が手を差し出して金をくれと言う。 お金を渡すと、なんとなく自分を否定するような気になるからかな。どんな? お金を渡すことでその場の嫌な気分は解決できても、根本的に何も解決しないことを知っている。そんな気になるのが嫌なのか? 可哀想だとも思う。どうすればいいんだろう? 
だいたいなんで俺がこんなに考えなくてはいけないのだ? 別に悪いことをしているわけでもないのに。 お金を渡したとしても、この複雑な気持ちはかわらないと思う。 いまだに答えが出ない。 とにかく物乞いに出会いたくない。

リキシャの走る市内。右モンキーテンプル。さるがいる。かなり汚い。

これをのぼるわけです。ただいま中ふく。ストぅ−パの先っちょが見えるね。上からはこの景色!

お寺のぼうさん。

部屋からの夕暮れ。ANI Quentaroが紹介してくれたホテル「カトマンズツーリストバンガロー」のみなさん。
みんないい人でした。ありがとう。


【はみだし ★強行軍がたたりゲリになった。腹がいたい! あまりネパ−ル料理がくえなかった。かわりに日本食が旨い! 素材が純粋なのでおいしいのです。 

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Thanx for all of cheers and all of kindness. We are realy happy man.

2002 Hayato Setsu and Sanaichi Tashiro